ちょっと間が空いてしまいました
三輪山②からの続きです。
↓
今回は
(もしかして、頂上に
元気な気を置いてきたほうがいいのかな?)
っていう考えも出てきて
登拝するかどうか迷い
当日、行ってみて決めることにしました。
登山口へ向かうと
空中に大きく
NGの文字が浮き出て見えました…
そうかぁ、やっぱり私は無理か〜
着いた早々に諦めることに。
本殿の奥で守っておられる方は
やはり床に伏せったままでして
息づかいがゼェハァと、ますます苦しそう。
かなり重篤なご様子でした…
少しでも苦しさが和らぐよう願うと
微かでしたが喜んでおられる雰囲気です。
私と、土地の影響を受けやすい友達Moさんは
身体のあちこちが痛く
なぜか悲しみで涙が出そうになっていました。
一緒に行ったメンバーは
登る人、登らない人とありましたので
登らない組は
境内の別の神社へご挨拶させていただいたり
池を泳いでる鯉や亀を眺めながら
じっくりお話して過ごしていました。
境内の別の神社から
再び登山口へ戻ってきたら
……あれ?守りの方の様子がおかしいな。
口を大きく開けておられたので
眠っておられるのかな?と思ったのですが
息をしていない。
すでに、お亡くなりになっていました。
ボー然と立ち尽くしていたら
見てるまに、姿がどんどん干からびていき
体積が半分くらいになりまして
ご年配の男性の姿から
朽ちた大木の姿に変わっていきました。
守りの方は
樹齢がおそろしく長い木の精霊だったようです。
………
わずか15 分ほど席を外している間に
なんてことだろう(;_;)
展開に頭がついていかず
しばらく沈黙して、気持ちを落ち着かせ
「今まで、お山をお護りくださり
ありがとうございました。
これからは どうぞゆっくりお休みください。」
と、せめてものお礼を述べました。
本当に長い間、お辛かったのだと思います。
私とMoさんは
同時に体の痛みが消えていました。
私たちは
守りの方の痛みを感じていたんですね。
ずっと、あんな風に痛かったら
苦しいはずだよ…ごめんなさい(>_<)
「守りの方がお亡くなりになったら
お山はこの先どうなるのですか?
代わりに別の方が来て
守られるようになるのでしょうか?」
と、私のガイドさん(指導霊)に
おたずねしたら
『換えが効かんから交代はない。
ここの守りは、元々ここの土地の樹だ。
他所から呼んでくるわけにいかないのだ。』
え…守りが不在になっちゃうの!?…
じゃあ、人が介入して
(山の姿を)変えてしまったんなら
人の手で戻していかなきゃね。
それが誠意だし、道理なのでしょう…
個人的には
ここの土地は、なるべく本来の自然の姿に
戻したほうがいいように思うのです。
社務所の受付で、三輪山に
【献木】が出来るようになっていたので
微々たるものですが
一口寄せさせていただきました🌲
今度は、私たち人間がお山を守る番。
守ってもらえて当たり前じゃないですよね。
それぞれができるやり方で関わりあえれば
きっとこの先、共に生きていけるんじゃないか
と思っています。
果たして
ヒトにどれだけのことができるのか?
試されているのかも…
長い年月、麓に住まわせていただき
恵みを与えてもらった恩返しをしていく。
その意識を
大きな存在が見ておられる気がします。
この記事での描写は
あくまで私が見たものに過ぎません。
それぞれの思いや感覚を大切にして
捉えていただけたらと思います✨
もちろん、山に入る 入らないも
その場での自分の感覚で
判断するのが何よりです。
そもそも
守りの方が苦しんでおられた
穢れというのはどんなもの?👀
私は、人間が発して置いていった
重たい気持ちに感じます。
思いは目に見えないけど重量がありますから
依存して執着しちゃうほどの想いは
実際にへばりつくような感覚で。
自分さえ良ければいい、の想いは
地面に落っこちる感覚です。
そういうのがたくさん漂っていると
淀んでいきますね。
そこにずっと居続けると
想像してみてください。
ちょっとシンドイですよね💦
三輪山に入られるときは
自身のお願いごとを置いて来るよりも
お山への、日々のお礼や
これから更に元気になっていかれるぞ
と想い描いて
置いてきてもらえたらいいなあ(*^^*)
最後までお読みくださいまして
ありがとうございました✨
ご一緒させていただいた
Moさん、Nさん、Rさん、Miさん。
どうもありがとう!!
ではでは、また~
2019-10-24